制作日誌

昔話「完全自殺マニュアル」の思い出

2026.02.19
60歳の鶴見済先生

「完全自殺マニュアル(1994年 鶴見済)」はセンセーショナルな本だった。
「完全失踪マニュアル(1994年 樫村 政則)」と合わせて何度読み返したことか。
フジオカがこれらの本に出会った1999年頃、南条あやが「町田あかねのおクスリ研究所」というブログで人気を博していた。
リスカ、自傷、オーバードース、ニコニコ動画、アニメ・・・。
ネットからアングラやサブカルの臭いがムンムン漂っていた時代だ。
ブラウザで言えばNetscapeやInternetExplorerが全盛だった。
縦横比4対3の四角いモニターの奥には見ては行けないものを覗き込む不思議な背徳感が充満し、禁忌に触れる暗く甘いときめきがあった。

その日のフジオカは丁度、大学を中退して実家に引きこもっていた。
希死念慮と人間不信の絶望の中で暗澹としていた。
工場の昼夜二交替制(12時間!)で働きはじめたフジオカは自殺サイトを開設した。
同好の士と日々の嘆きや呻きを掲示板上で共有しあっていた。
「いつでも死ねるから」という懐刀を隠し持っていることが重要だった。

その後、テレクラでアルバイトを始めた。
スロットとパチンコで日銭を稼ぐ生活を始めた。
原付バイクに乗って家出をした。
それから約25年、フジオカはまだ家出をしたままだ。

2025年1月の演劇公演「君たちはどう死ぬか?」は当時、自殺サイトを運営していた頃の見聞が元となっている。

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