私と演劇の関わり
私は大学に四年間在籍した後、退学した。
典型的なモラトリアム期を過ごしていた。
ある意味、激しくモラトリアムの炎を燃やし尽くしていた。
通りを挟んで大学の斜向かいにある、床の木材の軋みのうるさい、古い木造のアパートに住んでいた。
無為に過ごす日々に鬱屈として、砂壁を力のままに殴る日もあった。
隣人はとてもおとなしい人で、汲々としていたに違いない。
今思えばとても迷惑をかけたと反省している。
それほど大学から近い場所に住みながら、私は大学へほとんど通っていなかった。
何をしていたかと言えば、古本屋の本を読んで過ごしていた。
100円でシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を買っては読み、
150円で寺山修司の「書を捨てよ街へ出よう」を買っては読んだ。
出版時のカバーの付いていない、赤茶けた装丁の古本たちだ。
読み終えた本は捨てたくなってしまい、ごみ箱へ投げ入れていた。
演劇との関わりはつまり、読書が中心であった。
私は小説を読むのと同じ滋養を求めて、戯曲を読んでいた。
言葉が好きだった。言葉フェチなのだ。
私にとって演劇の原点は戯曲だ。
22歳で大学を中退し、
実家で数ヶ月引きこもり。
「行動なくして哲学的結論は得られない」との霊感を経て、
工場で日夜二交替で働き始めた。
私は肉体労働者となった。
引っ越し費用を稼いだ後、実家を飛び出した。
その後、テレクラ勤務やパチプロ稼業を経ながら、
”糸の切れた凧のように”行方不明者となり、名古屋と東京を転々とした。
実家とは一度も連絡を取らなかった。家を捨てていた。
私は寺山の「家出のススメ」に従い、「書を捨て、街へ出た」のだった。
(”一点豪華主義”は成し遂げていない。)
10年にも渡るギャンブラー生活時代には、アカデミックな体験をほとんどしていない。
タバコのヤニで茶色く煤けたパチンコ屋のハンドルを回し、スロットの3つのボタンを親指で押し付ける毎日だった。
読書の記憶は、テネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」をこの頃に読んだくらいだ。
(中略)
45歳となり、フリーのカメラマン・Web制作・映像制作者として生活するようになった。
それから映画を作り、演劇を作っている。
なぜ作るのか。作るのが楽しいから。世界ができるのが面白いから。
50歳を過ぎ、人生の店じまいを考え始めた。
「どう人生を終えて納得するか」だ。
「もう十分楽しんだから、何も思い残すことはない」という境地に達したいところだが、時間とエネルギーを持て余す日々では、動かずにいると退屈に辟易してしまう。
人間の悩み深き所は、自宅にじっとしていられないことにある
見方を変え、中高年がライフワークとして打ち込む対象としての演劇を考える。
ライフワークとして演劇に取り組む魅力は沢山ある。
・創作の楽しみがある
・自分一人ではなく、チームで作る
・歴史があり、文化としての土壌が広く大きい
・表現を探求しはじめれば、非常に深みのある道である
・自己表現の情熱をぶつける矛先
そんな事を考えつつ、演劇に取り組んでいる。